青森地方裁判所 昭和51年(行ウ)1号 判決 1977年10月18日
原告 佐々木捨己
原告 工藤宇市
右原告ら訴訟代理人弁護士 青木正芳
同 佐藤正明
被告 碇ヶ関村長 山田竹一
被告 甲野太郎
主文
原告らの被告碇ヶ関村長に対する訴を却下する。
被告甲野太郎は碇ヶ関村に対し、八八万四、七七七円及びこれに対する昭和五一年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らの被告甲野太郎に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その一を被告甲野太郎の各負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告碇ヶ関村長が昭和四九年一二月二八日なした、碇ヶ関村特別職の職員の給与に関する条例の一部を改正する条例(条例第三〇号)、同村議会議員報酬及び費用弁償の額並びにその支給条例の一部を改正する条例(条例第三一号)及び同村教育委員会教育長の給与及び勤務時間等に関する条例の一部を改正する条例(条例第三二号)の各制定の専決処分はいずれも無効であることを確認する。
2 被告甲野太郎は碇ヶ関村に対し、金一〇八万八、七〇五円及びこれに対する昭和五一年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告村長)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(被告甲野)
本案前の答弁
1 原告らの訴を却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
本案の答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告らはいずれも肩書住所地に居住する碇ヶ関村の村民である。
2 被告碇ヶ関村長(当時の村長は被告甲野太郎)(以下単に被告村長という。)は、昭和四九年一二月二三日、碇ヶ関村議会に対し、村長助役及び収入役の各特別職職員の給料、村議会議長、副議長及び議員の報酬並びに教育委員会教育長の給料の額をそれぞれ同年四月一日に遡って引上げることを内容とする各改正条例案を提出したが、村議会は、同月二七日、右各改正条例案をいずれも反対多数で否決した。
ところが、翌二八日、被告村長は、地方自治法一七九条一項に基づく専決処分をもって、右各改正条例案と同様、前記特別職職員等の給料、報酬の額を同年四月一日に遡って引上げることを内容とする請求の趣旨第1項記載の各改正条例を制定公布した。
3 しかし本件専決処分は、次に述べるように重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。
地方公共団体の長が、地方自治法一七九条一項に基づく専決処分をなしうるためには、同条項所定の要件に該当する場合でなければならないのに、被告村長のした本件専決処分は、右の専決処分をなしうる場合のいずれにも該当しない。
すなわち、本件専決処分によって制定公布された各改正条例と先に議会が否決した各改正条例案とは、別表記載のとおり引上げる金額に一部差異があることを除けば、その趣旨内容は同一であり、そして先に村議会が否決した理由はすでに同年六月に同じく前記特別職職員等の給与(給料及び手当)報酬の額につき同年四月一日に遡って引上げることを内容とする各改正条例が制定施行されているから、同一年内に再度これを同年四月一日に遡って引上げるのは相当でないというにあった。したがって村議会としては引上げ額の如何にかかわらず、引上げ自体に反対の意思を明らかにしていたものとみるべきものである。しかるに被告村長は議会が議決した事件につき議会の意思を無視して本件専決処分をしたものであって、これは議会制民主主議の原則に反し、専決処分権の濫用である。
また、前記各改正条例は村長等の給料、報酬額の引上げを内容とするものであって、その性質上特に緊急の案件ということはできず、次期議会に提案し慎重審議のうえ決定することが十分可能であって、それを待たずに専決処分によって制定公布しなければならなかった事情は何もない。
右のとおり、被告村長は、専決処分をなしえない場合であるのに、その権限を濫用し、専ら自己の利益を図るために、村議会の意思に反して本件専決処分をなしたものであって、右瑕疵は重大でありかつ明白である。
4 本件専決処分によって制定された各改正条例が誤って実施された昭和四九年四月一日から、被告甲野が村長の職を退職した昭和五一年一月三〇日までの期間中に、同被告が実際に支給された給与の合計額は九〇四万四、六七五円であり、本件専決処分がなされなかったとした場合に同被告が右期間中に支給される筈であった給与の合計額は七九五万五、九七〇円である。
したがって、右各金額の差額一〇八万八、七〇五円は、被告甲野が無効な本件専決処分によって受けた不当利得であって、同被告は碇ヶ関村に対し右金員をこれに対する利息を付して返還すべき義務を負うものである。
5 原告らは、被告村長が本件専決処分により碇ヶ関村の公金を違法かつ不当に支出し、また、将来支出するおそれがあるので、これを防止するため適当な措置を講ずることを求めて碇ヶ関村監査委員に対し監査請求をしたが、同監査委員は、昭和五〇年一二月二七日、請求事実は違法、不当な公金の支出とは認められない旨の監査結果を原告らに通知した。
6 よって、原告らは地方自治法二四二条の二第一項二号により被告村長のした本件専決処分の無効確認を求めるとともに、同四号により被告甲野に対し、碇ヶ関村に代位して不当利得の返還として一〇八万八、七〇五円及びこれに対する昭和五一年一月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否及び主張
(被告村長)
1 被告村長が、昭和四九年一二月二八日、本件専決処分をした事実は認める。
2 本件専決処分が違法であるとの原告らの主張は争う。
(被告甲野)
1 本案前の主張
本件専決処分は、村議会に代ってした意思決定であり、行政処分にも該らずまた、住民訴訟の対象とされる「公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担等」の行為のいずれにも該当しない。また、監査委員は議会の議決や議決により制定された条例の適否について審査の権限を有しないから、本件専決処分の適否についても監査委員の権限外の事項である。したがって、本件専決処分は住民訴訟における無効確認の訴の対象とはならない。
さらに、本件専決処分によって前記各改正条例が制定された後である昭和五一年一〇月三〇日の第九回碇ヶ関村議会臨時会において、前記各改正条例が対象とする前記特別職職員等の給与、報酬を改訂する旨の各改正条例が可決成立し、本件専決処分によって制定された各改正条例はすでに適用される余地がなくなったものであり、したがって、本件専決処分の無効確認を求める訴は確認の利益がない。
よって、本件専決処分の無効を前提とする被告甲野に対する不当利得返還請求も不適法として却下されるべきである。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因第1、2及び5項の事実は認める。
(2) 同第3項は争う。
(3) 同第4項のうち、被告甲野が、本件専決処分なかりせば受領した給与の額実際に受領した額及びその差額がそれぞれ原告ら主張の金額であることは認め、その余は争う。
3 本案の主張
(1) 本件専決処分の経緯
昭和四九年一二月二二日、第七四回臨時国会において、国家公務員の給与改訂に伴い、地方公務員の給与をこれに準じて改訂するための財源措置を講ずる趣旨で、「昭和四九年度分の地方交付税の特例に関する法律案」が可決され、同日付で法律第一一〇号として公布施行された。
この結果、右法律に基づいて碇ヶ関村に対し、二、六五三万九、〇〇〇円の地方交付税の追加交付があったが、右財源をもって一般職職員及び常勤の特別職職員の給与改訂を行うべきことは地方公務員法二四条三項及び地方自治法二〇四条の規定により明らかである。
ところで、碇ヶ関村においては常勤の特別職職員の給与について報酬審議会の答申をまって改訂を行うことを慣例とし、昭和四九年六月の村議会においても同審議会の答申に基づいて給与が改訂された。しかし、右改訂は昭和四八年度の人事院勧告による給与改訂に相応するものであって、同答申にも「このたびの答申額は他町村に比べて一年遅れの状態であるので、四九年度の公務員給与改訂が人事院により勧告されたさいは再び改訂を考慮すべきであるとの多数意見がある。」旨付記されていた趣旨に鑑み、被告村長は昭和四九年度の人事院勧告に伴い、特別職職員等の給与、報酬改訂について再度報酬審議会に諮問し、その答申を得たうえ、同年一二月二三日村議会に提案した。しかるに、村議会は、同時に提案された一般職職員の給与改訂については可決したが、特別職職員等の給与、報酬改訂についてはこれを否決した。これにより碇ヶ関村の特別職職員等の給与、報酬は、他町村に比して均衡を失する程度に低額となり、一般職職員の給与中にこれを上まわるものを生じるなどの不都合を招来し、また前記答申の付記及び国による地方交付税追加交付の趣旨にそわない事態となった。
右の不合理を是正するために特別職職員等の給与、報酬改訂を早急に実施する必要が生じたところ、当時すでに年末であって議会を再度招集するいとまがなく、また、再度招集したとしても当時の村議会の運営の実態に照らして右改訂案を可決する見込もなく、再議に付したとしても否決されこれについて機関訴訟を提起したとしても短時日のうちに解決される見込みもなかった以上、実質的に「議会において議決すべき事件を議決しないとき」に該当すると判断されたので、被告村長は、先に否定された改訂額につき議会の意思を尊重して一部を変更のうえ本件専決処分をなしたものである。
(2) 本件専決処分の効力
右のとおり、本件専決処分は適法になされたものであって何ら瑕疵はない。
仮に何らかの瑕疵があったとしても、当該瑕疵は重大かつ明白ではないし村議会は本件専決処分によって制定された各条例に基づいて計上された昭和五〇年度予算案中の特別職職員等の給与、報酬についても何ら修正減額せず原案のまま可決しており、また、村議会議員も右条例によって改訂された報酬を受領し来っており、村議会はこれらの事実により本件専決処分を有効と認める意思を明らかにしたものであって、右瑕疵は治癒されている。
(3) 被告甲野の不当利得返還義務
以上のとおり、本件専決処分は有効であり、被告甲野が本件専決処分により制定された条例に基づいて受領した給与増額分は職務に対する正当な報酬であって不当利得ではないから、被告甲野はこれを碇ヶ関村に返還すべき義務はない。
第三証拠《省略》
理由
一 (専決処分無効確認請求)
1 原告両名が肩書地に居住する碇ヶ関村民であること及び被告村長が、昭和四九年一二月二八日、請求の趣旨第1項記載の本件専決処分をしたことは当事者間に争いがない。
2 地方自治法一七九条が地方公共団体の長に付与した専決処分権は、本来議会が議決によって処理すべき事件ないし案件につき、議会の議決を待つことができず、あるいは議決によることを望みえない一定の客観的事情がある場合に、長が議会に代ってその事件ないし案件を処分しうる権限であって、その行使の効果は議会のした議決と同一とされる。
ところで、同法二四二条の二による住民訴訟の対象となる行為は同法二四二条一項に監査請求の対象として掲げられている行為に限られ、したがって議会の行為自体を右訴訟の対象とすることはできないが、しかし、専決処分はあくまでも執行機関である長が法によって特に認められたその独自の権限に基づきその名においてなす行為であって、ただその効果において議会の議決と同一であるというものであるから、この法的効果の面のみを捉えてこれを議会の議決と同視し、一般的に住民訴訟の対象から除外することはできない。若し専決処分の内容となった案件が義務負担を内容とする行政処分としての性質をもつものであれば、住民訴訟の対象となりうる適格性をそなえているものと解する。
したがって問題は本件専決処分の内容がかような意味で行政処分たる性質をもつかどうかにある。前記のように本件専決処分は村議会の議長、副議長及び議員村長等特別職の職員並びに教育委員会教育長の給料、報酬の額を引上げる各改正条例の制定を内容とする。ところでかようないわゆる給与条例の制定行為は、一般的にみて、不特定の職員を対象とする一般抽象的な規範の設定という性質をもち、特定人に対し直接に具体的な権利を与え義務を負担させるものではなく、本件専決処分の内容とされた各改正条例の制定もその例外ではないと解せられる。しかし本件各改正条例の制定によって、その対象とされた前記各議員はその受くべき給料、報酬につき増額措置を受け得る利益を与えられ、その利益は具体的な権利とまではいえないにしても、法的に承認された利益というべきであり、そして他方これを住民の側からみれば、本件専決処分により制定された各条例が存在する限り、これに基づきその定めに相応する給料、報酬の支出が高度の蓋然性をもって肯認されるから、条例の性質が一般抽象的な規範にとどまるとの理由でこれを住民訴訟の対象からはずし、条例に後続する個々具体的な金員の支出行為があってはじめて、これのみを住民訴訟の対象とすべきものと解するならば、違法な財政上の行為によって地方公共団体が被るべき損失を防止せんとする制度の目的を達成するに十分でないばかりか、かえって行政秩序に無用に混乱を招来することとなる。したがって本件専決処分の内容である各改正条例に後続する個々具体的な金員支出行為をまつまでもなく、本件専決処分を訴訟事件としてとりあげるに足りる必要性が認められるから、本件専決処分は住民訴訟としての無効確認の訴の対象となる義務負担を内容とする行政処分としての適格性をそなえているものと解する。
3 しかし当裁判所は、本件の場合、以下に述べる理由によって原告らは本件専決処分の無効確認を求める利益ないし必要性がないものと認める。
もちろん地方自治法二四二条の二による住民訴訟における無効確認の訴については行政事件訴訟法三六条の適用がなく、主観的意味における確認の利益を論ずる余地はないものの、地方公共団体の財政の公正を図り職員の違法な行為によって地方公共団体が損失を蒙ることを予防し、あるいは受けた損失を回復することを目的とする住民訴訟制度の趣旨からすれば、無効確認の訴はそれによって当該処分に基づいて将来なされることが予想される財産上の行為を予防しうる場合など地方公共団体の職員の財政上の違法行為の防止是正に必要かつ有効適切な方法である場合でなければ訴訟として争うだけの実益はないという客観的意味における確認の利益は要求されるというべきである。そこで本件専決処分についてみるに、《証拠省略》によれば、昭和五一年一〇月三〇日、碇ヶ関村議会は第九回臨時会において、本件専決処分により一部改正された各給与、報酬条例をさらに改正して、当該職員の給料、報酬を再度引上げる旨の各改正条例を可決成立させたことが認められる。右事実によれば、右各改正条例の制定により、本件専決処分によって制定された各改正条例は適用される余地がなくなり、実質的に廃止されたものということができ、したがって、その効力が無いことを判決によって確認しても、村が将来蒙るであろう損失を予防する意義はすでに存せず、また過去に受けた損失を回復するためには、あえて処分の無効確認の訴を提起しなくとも、損害賠償請求等の請求訴訟によってより抜本的な解決を得ることができるから、右無効確認の訴は必要かつ有効であるといえず、前述の客観的意味における確認の利益はないといわざるをえない。
よって、本件専決処分の無効確認を求める訴は不適法として却下を免れない。
二 (不当利得返還請求について)
1 被告甲野は、本件専決処分の無効確認の訴が不適法である以上本件専決処分の無効を前提とする不当利得返還請求の訴も同様に不適法であると主張する。
しかし、行政行為の無効は無効確認の判決の確定を待つまでもなく、また無効確認の訴が適法であると否とにかかわらず、右行政行為によって形成された法律関係における争いにおいて前提問題として主張することができるものであって、本件専決処分の場合においてもその例外ではない。
したがって、若し本件専決処分に重大かつ明白な瑕疵があれば、これによって制定された条例に基づいてなされた給料、報酬の支給は違法となり、受領された給料、報酬は法律上の根拠のない不当利得となる道理であり、本件不当利得返還請求の訴が不適法とされる理由はない。
2 そこで、本件専決処分の効力について検討する。
(一) 本件専決処分のなされた昭和四九年一二月二八日の前日である同月二七日に、村議会は第六回定例会において被告村長が提案した、村長等の特別職職員、村議会議員及び教育長の給料、報酬の額を引き上げる旨の、各給与、報酬条例の一部改正条例案を反対多数で否決したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
被告村長は、昭和四九年一二月九日、碇ヶ関村報酬審議会に対し、同年七月二六日に人事院がした公務員給与の改訂勧告に基づき碇ヶ関村においても一般職職員の給与の引上げ改訂を行う予定であるが、その結果特別職職員等の給与、報酬との間に不均衡を生ずるので、特別職職員等の給料、報酬の引上げ改訂はすでに同年六月にも四月一日にさかのぼって実施すべく議会において議決し、施行されているけれども、経済情勢に鑑みさらにこれを引上げるべく改訂する必要が生じたとしてその旨を諮問し、同審議会は同年一二月一三日付で改訂の必要を認める旨答申した。また、政府は、公務員給与の改訂に伴い、地方公共団体に対し地方公務員の給与増額及び同年四月一日からの給与の差額分の支給の必要に対処するための財源措置を講ずるため、国会に対し「昭和四九年度地方交付税の特例に関する法律案」を提出し、国会は同年一二月二二日これを可決し、右法律に基づき碇ヶ関村にも地方交付税の追加交付があった。そこで被告村長は翌二三日、第六回村議会定例会に、一般職職員の給与条例の一部改正条例案とともに、前記答申を受けて、村長等の特別職、議員及び教育長の給料、報酬の額を同年四月一日にさかのぼって引上げる旨の各給与、報酬条例の一部改正条例案を提案した。これに対し、村議会は一般職職員の給与条例の改正条例案は可決したが、村長その他の職員の各給与、報酬条例の各改正条例案については、他に予算配分を必要とする事項があるのに年に二度の引上げをともに四月一日にさかのぼって実施するのは村民感情からみても相当でないとの理由による反対者が多数であったため、一二月二七日、これを否決して閉会した。
これに対し、被告村長は右議決を不満とし、これによって生じた一般職職員の給料が特別職職員等の給料、報酬を上回るものがあるなどの不合理を早急に是正する必要があるとして、臨時議会を招集して再議に付そうとしたが、当時はすでに年末であって議会招集の暇がないと認め、本件専決処分によってこれを処理した。
なお、議会が否決した各改正条例案による給料、報酬の改訂額及び本件専決処分によって制定された各改正条例による給料、報酬の改訂額はそれぞれ別表各欄記載のとおりである。
被告村長は、翌昭和五〇年三月一〇日、第一回村議会定例会に本件専決処分の承認を求めたが、村議会は同月二〇日、これを否決し承認を与えなかった。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 右認定事実によれば、被告村長は地方自治法一七九条一項所定の「長において議会を招集する暇がないと認めるとき」にあたるものとして、本件専決処分をしたものであるが、右事由は、当該事件ないし案件の内容性質に照らし、それを急速に処理し施行しなければならない必要性があって、このため議会を招集してその議決を待ったのでは時期を失する場合をいうものと解される。
しかるに、被告村長が本件専決処分によって処理したのは、特別職その他の職員の給料、報酬の額の引上げを内容とする各改正条例の制定であり、これは事件の性質上急速の処理を要するものということはできないし、また、当時の客観的な事情からして、特に議会の議決を待っていては遅きに失し、処理そのものの意義効果が失なわれあるいは著しく損なわれたであろうと認めるべき特別な事情があったことをうかがわせるに足りる資料もない。
被告甲野本人尋問の結果中には、一二月二七日に閉会した第六回村議会定例会において可決成立した一般職職員の給与引上げ条例に基づいて、年内に一般職職員に対し同年四月一日にさかのぼる給与増額による差額を支給することになっており、給与等支給の事務処理上特別職職員等についてもこれと同時にその差額を支給すべき必要があったほか、特別職職員等の給料、報酬の額が他町村に比して低額のまま据え置かれ、また、一般職職員の給料との均衡を失するに至ったなどの不合理を早急に是正する必要があったところ、右村議会が閉会した翌日である一二月二八日はいわゆる御用納めの日であり翌日以降は年末年始の休みに入るため年内に村議会を招集することは不可能であった旨の供述部分がある。
しかし、そのいうところの給料等支給の事務処理上の必要が如何なる趣旨のものであるか必ずしも明らかではなく、年内に特別職職員等の給料、報酬の増額による差額分を支給しなければ、会計事務上あるいは支給を受ける特別職職員等の生計の都合上、特に困難な問題を生ずるというような事情も認められない。右の事務処理上の必要なるものが、単に事務処理上便宜であるというにすぎない場合には急速処理を要すべき事情に該らないことは論をまたない。また、特別職職員等の給料、報酬の額が他町村あるいは一般職職員との対比上不均衡であったとしても、それは早急に是正されることが望ましいという程度の不都合であるに止まり、議会の審議の結果なされる議決を待つことができないほどの急速性があるとは到底いえない。さらに、先に認定した国による地方交付税の追加交付があった事実も、右交付の措置はこれを職員等の給料、報酬の増額による差額支給分に充当すべき義務を村に負わせる性質のものではないし、また、右追加交付分の金員を右差額支給分に充当するとしても必ず年内に実施しなければならないというものでもないから何ら急速処理を要することの根拠となりうる事情に該らない。
結局、被告村長としては、年が明けてのちに村議会を招集しその議決によって本件各改正条例が制定されるのを待って、これに基づいて給料、報酬の差額分を支給したとしても事件の処理としては何ら遅きに失する事情にはなかったものであるから、被告村長が当時の状況下で「議会を招集する暇がない」とした判断は著しく誤っており、専決処分権を行使しうる要件の認定につき村長に許された裁量の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。
(三) また、被告甲野は、村議会が先に特別職職員等の給与、報酬の各改正条例案を否決したことは、前記条項が規定する、長が専決処分をなしうる別の場合である「議会が議決すべき事件を議決しないとき」に該当するとして本件専決処分の適法であることを主張する。しかし、否決も議決の一種であるから、議会が否決の議決をしている以上、村長において専決処分権を行使しうる一つの場合である議会が何らの議決をせずまたはできない場合には該当しないことは明らかであり、被告甲野の右主張はもとより失当である。
(四) なお、前項までに認定した事実に照らし、本件専決処分をするについては、地方自治法一七九条一項に定める、長が専決処分をなしうるその他の場合のいずれにも該当しないことも明らかである。
(五) 以上により、結局本件専決処分は本来なしうべきでないのになされた処分であり、法の定める要件に適合しない瑕疵ある処分であり、しかも右瑕疵は重大かつ明白といわねばならない。
よって、本件専決処分は無効である。
3 被告甲野が、本件専決処分により制定された改正条例に基づいて、改訂給料の支給が遡及的に実施された昭和四九年四月一日から、村長の職を退いた昭和五一年一月三〇日までの間、実際に支給された給与の合計額が九〇四万四、六七五円であり、そして本件専決処分がなされなかったとした場合に支給されたであろう給与の合計額が七九五万五、九七〇円であって、その差額が一〇八万八、七〇五円となることについては当事者間に争いがない。
しかるに、《証拠省略》によれば、右の期間中被告甲野の給与から源泉徴収された所得税及び住民税並びに引去られた共済掛金の公租公課の合計額は一三七万七、七九四円であり、同じく本件専決処分がなかったとした場合の公租公課の合計額は一一七万三、八六六円であり、その差額が二〇万三、九二八円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上の事実によれば、被告甲野は本件専決処分を原因として一〇八万八、七〇五円の利得を受けたこととなるが、同時に公租公課もこれに伴って増加し、その増加分は二〇万三、九二八円となるから、右利得から右公租公課の増加分を控除した額が被告甲野の現実に得た利得であり、その額は八八万四、七七七円となる。
被告甲野の右利得は、その原因となった本件専決処分が前述のとおり無効であるため、結局法律上の原因を欠くものであり、また村はこれがため同額の損失を被った。
したがって、被告甲野は碇ヶ関村に対し、不当利得として八八万四、七七七円の金員を返還すべき義務を負うところ、被告甲野は、本件専決処分が前認定のとおり、法律上なしえない場合であることが明らかであるのに、その認定判断を著るしく誤った結果、これをした点において重大な過失があったというべきであり、本件専決処分をした本人として同処分に基づく右利得につき現にこれを受領した時からの利息を付して返還すべきである。
4 原告らが碇ヶ関村監査委員に対し、被告村長のした本件専決処分について監査の請求をしたことは当事者間に争いがない。
三 よって、原告らの本訴請求のうち、被告村長に対する専決処分無効確認の訴については、これを不適法として却下し、被告甲野に対する碇ヶ関村に代位してなす不当利得返還請求については、八八万四、七七七円及びこれに対する昭和五一年一月三一日以降完済まで年五分の利息の返還を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田辺康次 裁判官 吉武克洋 池谷泉)
<以下省略>